ピアノ曲 Lost Memory

弾き慣れたピアノの音でさえ、何か異なるものに聞こえた。

その一つ一つの旋律が、私の脳裏から、いくつもの断片を拾い上げるのを感じていた。


それは、もう二度とよみがえることはないと思っていた記憶、

流れゆく時とともに忘れてしまっていた子供の頃のかけがえのない想い出。

グランドピアノ

静かに眼を閉じた私はいつものように集落へと続く山道を歩いていた。

何気なく歩いている道なのに、すべての風景が鮮やかな輪郭をもって映った。

そうだ、これは初めてこの道を歩いた時だ…。

午後の木洩れ陽が私を包んでいて、眼下には故郷の島と何処までも青い海が見える


あのとき、私は思わず立ち止まって、喜びとともに辺りを見渡した。

目を大きく見開き、微笑みを浮かべた私は、胸一杯に空気を吸い込む。

 

いつしか私の心は、この世界のすべての出来事を、あるがままに受け入れていた。

子供の頃の無垢な気持ちに戻っていた。不思議な感覚だった。

表現できない暖かさに包まれて私は夢中で鍵盤を叩いていた。

 

同時に私は幾多のものが変わりつつあることを感じていた…自分自身も含めて…。

南の空に広がる曇天と生き物たちのざわめき、微妙にゆれる空気の流れ。

幼い頃から夢の中に出てくる少女のリアルで悲痛な叫び声。

そして父の遺した「Lost Memory」とだけ書かれた楽譜。

込みあげる言いようもない懐かしさを胸中に抑えて、

そのとき、私は故郷を発つことを決意していた――。



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